イギリス・オックスフォードの老舗書店ブラックウェルズ最上階のイベントルーム。国籍も年齢も違う人々が真剣な眼差しで話を聞いているのは、スライドを見せながら「True self(本当の自分)で生きるには」と語りかけているベストセラー作家の四角大輔さん。トークショー後のサイン会では、白地に赤の文字が日本の国旗を思わせるようなインパクトのある表紙の本を抱えて何十人もの人が並んでいます。
場面は変わって、あるYouTube動画。画面に映し出されたのは仙台の街を見下ろす、真っ白の巨大な観音像。その足元で、登録者数320万人を超えるYouTubeチャンネル「Abroad in Japan」を運営するクリス・ブロードさんと軽妙な掛け合いで仙台の魅力を紹介しているのは、仙台を拠点にインバウンド事業を手がけ、日本好きの外国人に大人気の櫻井亮太郎さん。コメント欄には世界中の人から「いつか日本各地を旅することができる日が来たら、仙台に行ってみたい」「仙台に行こうなんて今まで考えたこともなかったけど、これを見て行ってみたくなった」といったコメントがずらり。
一方、ロンドン郊外の小さな博物館の一室では、地元に住みながらアーティストとして作品を発表し続けているアラン・ヨシエさんによるワークショップが行われています。色とりどりの端切れを使い、思い思いにコラージュで鳥の形の作品を楽しそうに作っている人々に、ヨシエさんが笑顔でアドバイスをしています。
……さて、ここでご紹介した方々は、一人は世界に生き方を伝え、一人は日本の地方と海外の人々をつなぎ、一人はアートを使ってイギリスの地域社会にクリエイティブな場をつくっています。
一人一人は活動内容も肩書も違います。それでも、三人にはある共通することがあります。
その共通点とは、日本にルーツを持ちながら、それぞれの場所で、文化や価値観の境界を越えて、世界とつながっているということ。
つまり「グローバル日本人」だということです。
「グローバル日本人」という生き方
では、「グローバル日本人」とは、具体的にどのような人なのでしょうか。
グローバル日本人とは、日本をルーツに持ちながら、国境や文化を越えて世界と関わり、異なる価値観の中で、自分なりの生き方を選んでいる人たちのこと。
ここでいう「日本をルーツに持つ」とは、国籍だけを意味するものではありません。家族や文化、生い立ちなどを通して、日本を自分のルーツの一つと感じている人も含みます。
たとえば、
日本と海外を行き来しながら仕事をする経営者や自営業者・フリーランサー。
世界中にファンをもつアーティスト、作家、ミュージシャン、俳優。
日本に住みながら海外の顧客や多国籍チームと日常的に仕事をしている人。
日系企業の海外支社に赴任し、異なる文化を持つ現地スタッフとチームをつくっている駐在員。
その赴任に同行し、異文化の中で家族の生活と自分自身のキャリアを組み直している配偶者や家族。
海外の現地企業で働く人、海外で起業した人、大学や研究機関で学ぶ人、国際機関やNGOで働く人。
YouTubeやPodcast、Substackなどを通じて、日本の文化や自分の思想を世界へ届けている人もいるでしょう。
そして、通訳、翻訳、観光、教育、医療、地域づくりなどの現場で、海外から来た人を日本に迎え、日本と世界の間をつないでいる人もいます。
……もしかしたら、あなたは上記のどれかにあてはまり、すでに自分自身が「グローバル日本人」だという自覚があるかもしれません。
あるいはもし、「グローバル日本人」と言われてあなたがすぐにピンと来なかったとしても、
・日本社会の「当たり前」にどうしても小さな違和感を覚えてしまう
・日本と海外では「正解」が違うことを何度も経験してきた
・異なる文化の人と接するうちに、それまで当然だと思っていた自分の価値観を疑うようになった
・異なる言語や文化の人たちと出会い、知り合い、時間を共有すると、とにかく楽しい
そんな経験がありませんか。
だとしたら、あなたはグローバル日本人としての感性を持っているのかもしれません。
そう言われても、「いやいや、自分はグローバルなんかじゃない」と思うかもしれません。
なぜなら日本で「グローバル」と聞くと、英語が堪能な人、海外の大学を出た人、外資系企業で働く人、世界を飛び回るエリートのような人を思い浮かべることが多いからです。
でも私は「グローバル日本人」を定義するのは、英語力、海外在住歴、海外での仕事実績といったスペックだけではないと思っています。
「グローバル日本人」を定義するのは英語力ではない
私自身、イギリスに23年暮らしてきましたが、最初は自分が「グローバル日本人」だと意識してはいませんでした。
また、これまで世界各地に住むコーチングのクライアントの方々を含め、数多くのグローバル日本人と出会ってきましたが、彼らは必ずしも海外在住者ばかりではありません。また英語が堪能な人ばかりでもありません。
ただ、共通しているのは、世界(異文化)との出会いによって「自分の当たり前」を問い直し、複数の価値観の中から自分なりの軸を探し、自分で人生を選択して生きている、あるいは生きようとしている点だと思います。
つまり、グローバル日本人とは、現在住んでいる場所や、海外に住んだことがあるという外的要因のみから定義されるものではないのです。
そして、そうした人たちと話していると、いくつかの特徴や共通点が見えてきます。
もちろん全員に当てはまるわけではありませんが、たとえば
- 一つの文化の「常識」を絶対視できなくなった
- 日本と世界をつなぐ役割に喜びを感じている
- 苦労や違和感も含め、異文化との出会いから何かを学んでいる
- 相反する価値観のどちらにも一理あることを知っている
- 越境し続けている(場所だけでなく、キャリアや役割なども)
といったことです。
そして、私が出会ってきた多くの人は、もう「日本だけ」の価値観の中には戻れないと感じていると話してくれました。
もちろんそれは、日本が嫌いになったという意味ではありません。
むしろ、日本以外の世界を知ったことで、それまで無意識だった日本文化の中の価値を、今まで以上に深く知ろうとし、尊重するようになったという声もたくさん聞いてきました。
ただ、日本の価値を再発見する一方で、以前は当たり前だと思っていた、日本社会のあり方に違和感を覚える人もいるのです。
というのも、日本では周囲との調和を大切にし、期待に応え、「ちゃんとする」ことが高く評価される場面が少なくないからです。実際、私のところに相談に来られる40代、50代のクライアントの方々の中にも、最初に話をしてくださる段階では、自分の本当の気持ちや、人生で本当にやりたいことがわからないという方たちがいます。
でも、世界と出会うことで、「日本ではこうするもの」という一つの正解が絶対ではないと知る。すると、「では、自分はどうしたいのか」と問わざるを得なくなる。そこから、あらためて「自分」と向き合い、自分なりの生き方を探し始めるようになった。
それが、私がこれまで出会ってきたグローバル日本人の方たちの多くに共通することです。
「グローバル」は「エリート」を意味しない
改めて言うと、グローバル日本人であることに、海外のMBAや外資系企業でのキャリア、流暢な英語は必要ありません。
たとえば、私自身は英語力がほとんどない状態でイギリスへやってきました。恥もかいたし、失敗も(大小いくつも!)しました。自信を失ったことなんて数え切れないほどあります。
でも、今振り返ると、あの経験があったからこそ、日本人としての自分と向き合い、世界と向き合い、自分自身と向き合うことができたと思えます。
そして、私がグローバル日本人の方々に惹かれるのは、自分の価値観を絶対視するのではなく、異なる価値観の間で迷いながらも、その都度、自分なりの選択をして一歩を踏み出してきたという、その生き方・あり方です。
そして今、日本の外にいて強く感じるのは、そういう人たちこそ活躍できる舞台が広がっているということです。
あなたはグローバル日本人ですか?
もしあなたが、
- 世界を知ったからこそ、日本の良さが見えるようになった
- 同時に、日本だけの価値観の中には、もう戻れなくなった
- 日本を大切にしながら、世界にも目と心を開いている
- 異文化の中で生きながら、自分の中にある日本とのつながりも大切にしている
- 日本と世界をつなぐ役割に喜びを感じている
- 日本という文化的な基盤を持ちながら、世界と関わっていきたい
- 世界と日本のあいだで、自分らしい生き方を模索し続けている
こんな感覚を少しでも持っているなら、あなたはグローバル日本人かもしれません。
そして私が「グローバル日本人」という言葉に込めたいのは、世界との出会いを通して、自分が本当に大切にしたいことを問い、自分なりの人生を選んでいこうとする姿勢でもあります。
この連載記事では、そんなグローバル日本人の方たちが感じる孤独や葛藤、前に進むためのマインドセット、そしてなぜ今、グローバル日本人にとって新しいチャンスが広がっている時代なのかをお伝えしていきます。
「これは自分のことかもしれない」あるいは「そういう生き方に興味がある」と少しでも感じたなら、この「グローバル日本人」記事シリーズを、ぜひ続けて読んでみてください。
【コーチング・クエスチョン】
⚫︎あなたは「グローバル日本人」ですか?
⚫︎もしそうだとしたら、なぜ自分を「グローバル日本人」だと思いますか?
*この記事は「グローバル日本人」シリーズの第1回です
1.グローバル日本人とは? ー 日本と世界のあわいを生きる人たち
2.なぜ今、グローバル日本人にチャンスが広がっているのか
3.日本では「外国人」すぎて、海外では「日本人」すぎる — グローバル日本人の孤独とは
